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私の目から見た『雪国』
201141504033 宋晓娇 日语二班 『雪国』というタイトルをはじめて見た時、この小説は風景を描く小説だと思いました。「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。信号所に汽車が止まった。」簡潔な筆遣いで『雪国』の幕が開きました。思わず目の前に雪野原の風景が広がりましす。まるで雪の世界に来たようです。
『雪国』で出てくる重要な主人物は島村さん、芸者の駒子さんと葉子さん三人です。島村さんは親の遺産で無為徒食の生活を送っている男です。しかも、妻さんがいます。駒子さんは東京でお酌をしていて、旦那に落籍されたが、間もなく旦那が亡くなり故郷に戻りました。葉子さんは、踊りの師匠の娘で、駒子さんの婚約者の行男の妹です。東京へでて看護婦に目指したことがあります。
この物語に一番印象に残るのは島村さんがいつも言っている「徒労だね」という話です。たぶん東京出身の島村さんにとって生命なんて徒労なものだと思います。祭りはただ子供を休ませるために行う徒労なものであり、畳の上にもがいて飛びあがようとしているモスのようにも徒労なものであり、駒子さんが書いている日記も一意専心追求する愛情さえも美しくてもすぐに過ぎ去ってしまった徒労なものです。自分が徒労にはじめ、徒労に終わる生活をしている島村さんがそう思ったのかもしれません。でも、粘り強く生きている駒子さんにっとては生活が絶対徒労なものではありません。島村さんへの恋は徒労だとわかっていても絶対やろうと思った駒子さんは、着替えさえもちゃんと折りたたみ、ちゃんと居を構えないと安心できないのです。「片付けたら、また一度乱されるのがわかっているのに、そのままにしておいたら、何やら安心できないのだ」と駒子さんが言います。「島村さんは不思議な部屋の有り様を見回した。低い明かり窓が南にひとつあるきりだけれども、桟の目の細かい障子は新しく張り替えられ、それに日差しがあるっかた。壁や畳は古びていながら、いかにも清潔であった。蚕のように駒子も透明な体でここに住んでいるかと思われた。箪笥は古びているが、駒子の東京暮らしの名残りか、柾目の見事な桐だった。」の書いたのように生活を送っていました。そして、駒子さんは日記もつけています。古い日記を見るのは楽しみがあるので、16歳のごろからずっと欠かさず日記をつけています。そして、読んだ小説をいちいち書き留めておき、そのための雑記帳がもう10冊があるそうです。でも、そんなに粘り強く生きている駒子さんなのに、島村さんにしてはやはりすべてが徒労なものです。もしかしたら、駒子さんからの粘り強い恋こそに島村さんの魂が耐えられないものです。
島村さんの愛情は簡にい手に触るものではなく、夕暮れの汽車の窓ガラスに写る女の顔のように非現実的な景色であり、見たことのない西洋の踊りであり、いつもまじめで冷たい葉子さんのこどです。島村さんが葉子さんのことを愛していても、結局徒労になって葉子さんが火事のために死んでしまいました。島村さんが切ない苦痛と悲哀に打たれて全く徒労だと再び感じました。そして、物語の最後に、葉子さんの体を抱き上げた駒子さんの姿は、自分の犠牲か刑罰かを抱いているように見えました。それが作者がわざわざこう書いたのだと私が勝手に解釈しています。作者は多くの不幸な結末の中に葉子さんのためにいい結果を選びたいのです。汚れなき身で死んだのはいい結果じゃないかと思います。
『雪国』を読んで、生活なんて五味の缶のように、甘い、辛い、酸っぱい、苦い、塩辛い五種の味も全部揃うだと思います。これから、現在の自分でよかったと考え、大切にしなければならないと思います。