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日本語外来語について
[内容提要]日本語の中に外来語が重要な地位を占めている。日本ほど外来語の多い国はない。明治維新以来、「和魂洋才」はもう日本立国の文化方針の一つになった。外来語もずっと日本語の中流とされて、日本人の文化視野を広くするだけでなく、日本に新しい観念、知識、物事をもたらした。更に、日本人の思惟方式に影響を与えた。それで、外来語は日本人の性格と密接に結びついている。
本文では外来語と日本人の関わりをいくつかの方面から少し論じている。本論の1は、外来語の歴史に関して述べたものである。主に外来語の由来、外来語の吸収からその歴史をもう一度振り返ってみる。
本論の2は、外来語の日本化に対して述べたものである。発音の日本化、語形の日本化、意味の日本化及び文法の日本化その四つの方から簡単に述べる。本論の3はまとめ。
はじめに
日本語を選んで専門として習うことは、日本語と縁があるとずっと思っている。そして、その縁が私の一生とも結びついていると信じている。しかし、日本語を習うことはそんなに簡単なこととは言えない。熱情を注がないと、日本語との親切感がなかなか出てこない。それに、日本独特の歴史で、日本人が複雑な性格を持っている。中国人のわれわれにとって、理解しにくいと思っている。今まで、先生たちから日本語の文法、日本文化、日本国家概況などの授業でいろいろ勉強して、日本と日本人のこともだんだんに分るようになったが、日本人と付き合っている時はまだ笑い話が出てくる。私は、ここで日本語の外来語を少し分析していきたいと思う。私にだけでなく、皆様にも役立るなら、いいと思う。
外来語に関する著作と資料はいっぱいあるので、私の研究方向を明らかにした。鶴見和子の『好奇心と日本人』(講談社、1975)によると、「外来語の多少は民族活力と生命力を象徴していて、外来文化を吸収するマークである。」という。日本の文化は古くから外来文化を取り入れる上で発展してきたのである。そして、吸収してきてから、そのまま使うのではなく、また消化して自分なりのものになった。だから、日本人の創造性もそこから見える。ほかに、鈴木孝夫は外来語に対して、いろいろ研究した。彼の著作『ことばの人間学』と『日本語と外来語』によると、日本語の外来語の歴史と現状がはっきり分かった。これから本論で少し説明しておる。
本論
一、来語の歴史
(一)外来語の定義
本文の研究対象は日本語の外来語のことである。外来語と言うのは、外国の言葉を 日本語の中に取り入れたものと言うことである。
狭義で言うと①、日本語外来語とは、近代以前中国から入ってきた漢語以外の外来語彙であって、それに、欧米からの語彙を中心としている。古代中国からの漢語は外来語に含まれていない。しかし、近現代に中国から入ってきたのは外来語に見なされる。例えば、「マージャン」(麻将)、「ギョーザ」(饺子)、「ラオチュー」(老酒)、「メンツ」(面子)など。和製外来語も外来語の一部分である。その定義について、日本小学館の『日本国語大辞典』にも次のように説明してくれた。言葉の中に、外国から吸収されてきて、もともとの形とあまり差なく使われる言葉は外来語である。
広義で言うと②、外来語は外国語から吸収されてきて、国語「日本語」として使われる言葉である。そこから見ると、外来語は二つの特徴を持っている。一つはすべて外国語である。もう一つは日本語の中に取り入れて日本語として働いている。この点で言うと、漢語も外来語である。いずれにしても、漢語は日本固有の言葉―和語ではなく、中国文化の影響からの産物である。
しかし、漢語は外来語に属するべきだが、実際は今の外来語に入れていないと学者が認める③。何故かと言うと、まず漢語は欧米語より、早く日本に入ってきたのだ。日本人は古代から漢語のことを受け取って、その使いにもう慣れてきた。漢語もだんだん日本語の重要な部分になった。もし漢語を日本語から取り除いたら、民族言語と言われるものはどれほど残っているのか。だから、漢語がなければ、日本語そのものにはならないと思う。一方、欧米語を主とする異類言語を消すと、日本語はまだ独立性が持っている。ただ、言葉で表現する深さと言葉意味の広さは抑えられるしかない。漢語はもう日本語の親族メンバーになって、異族ではない。
(二)外来語の吸収
1、外来語の由来
約二千年前の日本には、文字がなく、話し言葉だけある。約西暦紀元一世紀(漢の時代)に、中国漢字は日本に入り始めた。紀元八世紀末-平安時代の後、日本は全面的に中国文化を吸収するようになった。その時、仏教が中国に普及してきた。インドの仏教も中国文化と共に日本に入ってきた。仏教文化は漢字と梵語④の形式で日本の語彙に入って、特殊な外来語になった。
日本が開国してから、フランス、ドイツ、イタリア、ロシアなどの国とも外交関係を結び始めた。明治維新の後、それらの国の言葉を原語としての外来語も日本に入った。その中のフランス語は大体料理、政治、服装、文芸;ドイツ語は大体医学、哲学、文学、登山;イタリア語は大体音楽、楽器、文芸と;ロシア語は大体特産物、十月革命後の政治と関係ある用語である。
第二次世界大戦の後から今までは、日本は大量外来語を吸収してきた。この時期には、数量から見ても、関連する分野から見ても、どの時期よりも多いである。それに、どの国からの外来語も吸収しているが、英語を主なのでする。
2、外来語の吸収方式(1)意訳 日本は外来語を吸収し始めた時、意訳の方式を採用した。つまり、漢語翻訳を通して外来語を吸収して、片仮名を使わないということである。例えば、「想像」―『楚词·远游』「思旧故以想象兮」。
また、西洋からの意訳言葉もある。例えば、神経、地球、衛星、圧力、分子などである。しかし、こんな意訳言葉はもう外来語とは見なされている。英吉利╱英国、仏蘭西╱法国のような言葉は最初漢字で書いたのである。なんとなく詩歌の味が出てきたような感じがあるから。そのほかに、たとえば、写真機╱カメラ「照相机」、継電器/リレー「继电器、洋琴」、百音琴╱ピアノ「钢琴」などもその通りである。ところが、今音訳はもう意訳にとって代わった。
(2)音訳
音訳と言うのは、片仮名で言語の発音をまねて、外来語を表示することである。現代日本語はこれを表記外来語の主要方式とする。二次大戦後片仮名音訳の方式を採用するようになった。
音訳する時もいろいろな方式がある。
他国の言葉を音訳して、その後日本語の動詞語尾或いは助詞を付ける。例えば、漢語の言葉「馬馬虎虎」を取り入れた時、まず「馬」を「マ(ma)」に音訳して、「虎」を「フ」にして、それからその後に長音マークを付けた。そうすると、漢語の「馬馬虎虎」は日本語の「マーマーフーフー」になった。この方式について、音訳+サ変動詞語尾「する」と言うもはよく用いられる。
他国の言葉を音訳するのは、すべて片仮名で表示する。例えば、英語のdemocracyは日本語のデモクラシに音訳された。
違う外国語と組み合わせて、新しい外来語になる。例えば、英語のcream+ポルトガル語のpao→日本語のクリームパン(面包)などになる。日本人は「違う外国語」って、「違う国からの外国語」か或いは「同じ国だが、違う時代からの外国語」かを考えなくて、かってに使う。
同じ外国語から二つの単語を選んで、組み合わせて、新しい言葉になる。しかし、外国語の中には、この新しい言葉がない。例えば、英語のmilk+英語のhall→ミルク·ホール「牛乳を飲ませ、パンなども売った簡易な飲食店」など。
二、外来語の日本化
(一)発音の日本化
日本は独特の音韻システムを持っているので、外来語を発音する時はいささかおかしいと聞こえる。外国人にとっても、聞き取れにくいと思う。それは、日本語の音韻システムに、単独な子音音節がないからである。日本語の音節構造は割りに単純で、撥音、促音のほかに、すべて開音節である。しかし、英語などの西洋語の音節構造はかなり複雑で、母音を中心として、その前と後ろは一つ以上の子音が付けられる。それで、外来語を発音する時、原語と完全に同じすることはできない。日本語の発音習慣に従って、原語の発音を真似るしかない。例えば、textという英語単語は日本語の音節構造によって、子音の後に一つの母音を補って、即ち四つの音節tekisutoになる。また、ある英語などの発音は日本語に存在しないので、それと似た日本語発音で表示 する。例えば、radioは「ラジオ」で、zeroは「ゼロ」であって、原語との発音はずいぶん違うのである。
(二)語形の日本化「省略現象」
多くの外来語が原語と比べると、大きい差がある。例えば、「ワード·プロセッサー」を「ワープロ」に省略して、「ラジオ·カセット」を「ラジカセ」に省略することなど。それは、大体の日本人は外来語の語源が分らなくて、外来語の形態素をどのように分解するか分らないから、かってに語形を変えたのである。
1、文法的な成分が省略されたもの
英語の過去分詞-ed、現在分詞-ing、複数語尾-s、不定冠詞a、定冠詞theなどのようなものがよく省略される。例えば、preed ham→プレス·ハム、happy ending→ハッピー·エンド、plastics→プラスチック、rent a car→レンタ·カー、over the fence →オーバー·フェンス、ham and eggs→ハム·エッグ、home sickne→ホム·シックなどの言葉がよく使われている。
2、二つ以上の言葉から成っている複合語はその中の一部分が省略される
「ファミリー·コンピューター」は普通「ファミコン」と言われる。しかし、「ファミリー」と「コンピューター」は単独的に使われる時、「ファミ」とか「コン」とか言うような省略語がなる。そんな言葉は、西洋からの外国語には限らない。例えば、外人タレント→外タレ、エンジン故障→エン故、ガス欠乏→ガス欠、セクシュアル·ハラスメント→セクハラなどもある。
(三)意味用法の日本化
日本以外の国言葉は日本に入って外来語になってから、発音、語形のほうが変化するだけでなく、意味のほうも多少変わってしまう。時々には、欧米人でも英語からの外来語はよく分らない。ここで、外来語の意味変化のことをすこし説明しておきたい。
1、省略で発生する意味の変化
この変化は普遍的ではないが、典型的である。例えば、英語の「navel orange」は一つの果物の名前である。「navel」はへそと言う意味で、「orange」は橙と言う意味である。この果物の上にはへそのような突き出すものがあるので、「navel orange」と称する。日本語で表示すると、「ネーブルオレンジ」である。しかし、日本人はその言葉を使わない。普通はただ「ネーブル」と言う。果物屋の名前ブランドにも「ネーブル」だけ書いてある。そうすると、その意味はへそ部分だけ残っている。外国人から見れば。「へそ」と「ネーブルオレンジ」はぜんぜん違うのに、ここでどういう意味かと疑問する。ところが、日本では意味はっきりしている。何故かと言うと、日本語ではへそを表示する時、「へそ」という単語だけ使う。その果物を表示する時、「ネーブル」を使う。そんな言葉はほかにもあるから、私たちは使うときに、気をつけなければならない。
2、意味範囲の縮小
ある部分の外来語の原語は意味もっと広い。しかし、外来語は具体的な物事に従って入ったのだから、その具体的な物事だけ表示する。そうすると、意味の範囲も縮小してしまう。例えば、buildingは英語で普通の建物を指しているが、日本外来語の「ビルディング」は西洋の高い建物だけ指している。「ビルディンル」
が日本に入る前に、普通の建物を指す「建物」と言う言葉はあるので、「ビルディング」と西洋の建物は日本に入って、西洋建物だけを表示する。そのほかに、「ゲスト」と「客」、「ライス」と「ごはん」、「ブラック」と「黒」、「バス」と「風呂」なども同じである
3、意味範囲の拡大
この部分の外来語の意味は大体日本に入ってから、だんだん変わってきた。例えば、ドイツ語からの「アルバイト」という単語は最初日本に入った時、「研究成果、論文」と言う意味であった。戦後、経済の不景気なので、学生たちは働かないと勉強できなかった。そうすると、「アルバイト」は「(学生)苦学すること」、「副業」に使われた。言葉の意味が広くなってきた。ほかに、「antenna」と「アンテナ」、「Indian」と「インディアン」、「tomato」と「トマト」などがある。
4、外来語の意味と原語の意味と関連あるが、ぴったり合わない
「Mansions」は英語の中には高級借家という意味だが、日本語の「マンション」の意味は一軒ごとに売り出す住宅である。そうすると、原語と意味違いが出てきた。また、「トレーニング·パンツ」は日本語の中には「スポーツに向く半ズボン」という意味であるが、英語の「training pants」は子供が大小便をする時に穿くショートズボンである。また、「ボス、レシャ、メーデー、ジェスチャー、トイレット、ランチ」などもその種類の言葉である。
(四)文法の日本化
外国語が日本に入って外来語になるからには、日本語文法規律に支配されるしかない。一部分の外来語の後は「る、する、い、だ、な、に」と言う語尾を加えて、動詞、形容詞、形容動詞などとして使われる。そうすると、外来語がもっと広く使用されるようになる。しかし、すべての外来語は変化するわけではない。
1、動詞化されたもの
日本語には、漢語の名詞に「する」が付けて名詞を動詞なる方法があるが、その方法を外来語の場合にも応用できる。一部分の外来語に「する」を付けてサ変動詞として使われるにとができる。例えば、アナウンスする「announce」、アビールする「appeal」、カットする「cut」、オープンする「open」、デートする「data」など。そのほか、また「る」という日本語語尾をつけて、五段動詞にする場合もある。例えば、サボる-怠工,逃学
メモる-做笔记 トラブる-纠纷,烦恼,干扰 ダブる-重复
ネグる-忽略,忽视 アジる-煽动,鼓动
2、形容動詞化されたもの
外来語形容詞+「だ」(「な」、「に」、「で」)
原語は形容詞である外来語は普通日本に入ってから、形容動詞として使われる。例えば、「ナチュラル」の語源naturalは英語では形容詞で、外来語になった「ナチュラル」は形容動詞として、「だ」、「な」、「に」を付けて、「ナチュラルな色」とか「ナチュラルにする」とかいうように使われる。そのほかに、また、ドライだ「dry」、ビューティフルだ「beautiful」、スマートだ「smart」などの使い方もある。
3、形容詞化されたもの
外来語の形容詞から形容動詞への転成は普通で、形容詞になるのはめったにない。よく耳にするのは「ナウ(now)」に形容詞語尾「い」を添えた「ナウい」とか「ニューい」ぐらいである。
三、まとめ
近年、特に商業コマーシャル、スローガン、看板、トレードマーク等では外来語がよく見れる。電子技術の迅速な発展とともに、ある電子術語は完全に英語化した。外来語の普及はある程度日本科学技術の発展を促進した。以上から分かるように、言葉の発展は文化進歩の必然的な結果である。先進な科学技術の迅速な発展によって、世界はだんだん一体化に向かって進めていく。日本では中国語がブームを呼んでいる。婦人、老人さえ中国語を勉強している。彼らは外国語を勉強しないと、時に捨てられると思う。
どの国の言葉でも社会生活の変化に従って変わりつつある。近年日本語の巨大な変化もまちがいないと日本社会の発展を証明した。時代の前進は歴史発展の必然的な法則である。われわれは絶えずに勉強しなければ時に応じられない。
参考文献
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[8].王秋蘭.日本外来語の再考[J].天津外国语学报.1995年第8期。
[9].王玉英.从日语外来语的吸收看日本文化[J].长春理工大学学报(社会科学版)第15卷、