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标题
1101 番号:名前:劉安年 クラス:日本110604109
目録
一、英語を習ってペットと交流.................................................................................................1
二、同じということと違うということ.....................................................................................2
三、人生.........................................................................................................................................3
四、顔と名前.................................................................................................................................5
五、日本人の食生活.....................................................................................................................6
(一)調味料.........................................................................................................................7
(二)味.................................................................................................................................8
(三)現代.............................................................................................................................9
六、私はニュースキャスター...................................................................................................10
七、日本人の笑―-狂言...........................................................................................................11
八、住まいの工夫なざい...........................................................................................................13
一、英語を習ってペットと交流
二、同じということと違うということ
三、人生
人生は生まれてきた家庭や环境によってみんな不平等である。それは自分で选択することはできません。しかし、一つだけ私たちにはみな平等なものがある。それは时间です。一年间365日、一日24时间はどの方にも平等に与えられています。
人は幸せになるため生まれてきました。私たちはこの大切な时间を使って、幸せになっていくのです。私はいつも人生を一人旅と例えています。生まれてからは一人旅の始まりです。私たちは旅に出て、ゴールの见えない道をひたすら歩き続け、山や険しい道をいくつも乗り越え、自分のやりたいこと、したいことを探し、幸せになっていくのです。幸せになるには、失败を缲り返さなければいけません。时には自分の选択が间违って、失败する场合があります。それも幸せになるための道のりです。なかなかうまくいかないのが人生です。うまくいかない时を顽张って越えるから、成长していく のです。
先ほどいいました。人生は一人旅です。私たちはこの旅で大切な仲间と出会い、一绪に幸せになるため、お互い助けあい、励ましていくのです。仲间はとても大 切です。仲间がいなければ人生は成り立ちません。私たちには家族も含めそれぞれ大切な仲间がいます。仲间はあなたを助けるためにいるのではありません。仲间も常に幸せになるための道を探しています、だから私たちは仲间が助けてくれた时、感谢の気持ちを持ち、そして仲间が困った时、助けましょう。もちろん家族もそうです、私たちは家族に感谢する気持ちを忘れがちの时があります。
家族も人です、特别な仲间かもしれませんが、感谢することは当たり前です。しかし、この世に利益を求めるため、出会った仲间を好きなように利用する人がたくさんいます。人间はみんな幸せの道を探しています。自分が助けてほしいなら、まず相手を助けましょう。何よりも私たちは常に感谢の気持ちを忘れず、生きていくことはとても大事なのです。なぜならいつも大切な仲间が贵重な时间を使っ て、自分が困った时、助けてくれるからです。
みなさんは楽しい时间を过ごしたいから旅行にいくのではありませんか?人生も同じです。常 に楽しく生きることが大事なのです。一度に一回の人生 3 です。自分が生きている间、时间も进みます。自分が立ち止っている间、时间は待ってくれません。
毎日大切な时间をどのように使うかは自由です。大きな目标や梦を持ち、それに向かって毎日过ごしていけば、私たちはそれぞれ自分の幸せを见つけることができる と思います。困难にあったとき、谛めず立ち向いましょう。それも幸せになっていくための大切な过程です。失败はおわりではない、谛めるこそが终わりであ る。私はこの言叶を信じています。ゴールが见えないから人生はおもしろい。やってみないとわからないこともたくさんあります。これも、あれもやったことが ないからできないじゃなくて、できないかもしれないが、やってみるのが大事だと私は思います。自分の人生を大切にして、失败を恐れずに、たくさん経験して ください。しかし、後悔だけはしてはいけません、なぜなら时间はどんどん进んでいき、戻せないからです。常に感谢という言叶を忘れず、仲间と一绪に幸せな 人生を送りましょう。
四、顔と名前
世の中、顔と名前が一致しないことがあります。
電車の中で背広姿の紳士に挨拶されて、顔はよく見るけど、その人がどこの誰だか思い出せない、ということがありました。翌日、駅で制服を着て、赤いラインの帽子をかぶっていて「駅長」だと気づきました。職業上の制服と私服など、間違いのもとですある時、恥をかいたことがあります。会社の部長と歩いていると、知り合いの人に、ばったり出会い、「いや、どうもご無沙汰しております。お世話になりっぱなしでどうも。」と挨拶されました。私は誰だか思い出せません。部長は、ニコニコしながら、「須藤君、どちらさんでしたっけ。」こちらは、確か取引先のそれも古い担当者だった、としか覚えておりません。おどおどしていると、「随分前ですが、こちらのほうへ変わりまして。」と名刺を出され、ことなきを得ました。この後、部長に面白い方法を教わりました。部長は、大勢の部下を持っていますが、一人一人覚えているわけではありません「部長お元気ですか、ご無沙汰いたしております。」といわれると、即座に:「いやーしばらく、ところで名前はなんといったっけ。」部下は名前を忘れられたことに気を悪くし:「私、どこどこの山田です。」というと、部長は切り替えします。「山田君知っているさ。名前だよ、名前のほうはなんだったっけ。」「二郎です。山田二郎です。」「そうだそうだ二郎君だった。うんそうだった。」
五、日本人の食生活
アジアの国々には、昔から食事を主食と服飾に分けて考える習慣がある。主食というのは、日常の食事の中心となる食べ物で、普通は穀物である。副食というのは、その穀物とともに食べる肉や魚や野菜などのおかずのことである。日本もこのような食文化圏に属しており。多くのアジの諸国と同様、主食は米である。日本人の明色の歴史は古く、すでに毎時代位から始まっていたといわれている。副のに中心は、魚や貝や野菜であった。古くは肉食も行われていたようであるが。奈良時代に仏教が広まってからは、動物の肉を食べることが逃げられるようになった。現在いのように再び肉が食べられるようになったのは、明治時代に入ってからである。
(一)調味料
日本料理に使う調味料で、重要のは醤油であろう。忠告や東南アジアにも似たものがあることはあるが、それぞれ字味や香りが異なる。しょうゆは調理に使われるだけでなく、豆腐や刺身を食べるときなど、」かけたりつけたりしても使われ、和食になどてはならないものである。も祖も、しょうゆほどではないが、味噌汁をはじめに物などいろいろな勝利によく用いられる。もちろん、塩砂糖酢ソース、それに、最近は化学調味料も欠かす子とはできない。7
(二)味
日本料理は、一般的味があっさりしているといわれている。東南アジアのすばいすをつっかた辛い料理や油を使って揚げたりいためたりするものが多い忠告料理などと比べると。そのことがよくわかる。新鮮な財衣料が豊富に手に入る日本では、その材料の持っている味や香りを生かすことが料理の基本なのである。したっがて、使う材料の最もおいしい時期を選んで料理をすることが大切であり、また、食卓の料理に寄った季節を感じるのである。さらに、使った料理を入れる器も。料理のとって季節によって、色形かいい量などを考え、あうものを選らぶ。日本料理は目で食べるという言葉があるように、ただ味がよければいいというのではなく、見て楽しむこと大切だと考えられているのである。
(三)現代
戦前までは、多くの化成が和食中心であったが、戦後、特に昭和30年代からの高度経済成長とともに、食生活はバラエティーにと無用になったといわれる。学校給食の影響もあって、パンが広く食べられるようになり、洋食、中華と、家庭での料理も豊かになり、豚肉、牛肉などの肉類や卵製品なども多く食卓に並べられるようになった。また、大都市では、巣支店ブラ、そばなど和食の店のほかに、中国料理、フランス料理、ロシア料理うを始め、イタリア、ドイツ、スペイン、メキシコ、インドなど開国料理の看板が見られるようになった。世界の味手春に楽しめることは国際化のひとつであるといえる。種類が増えただけでなく、便利にもなった。温室のおかげさまで、野菜や果物の多くが、一年中いついても食べられるようになった。また、スーパーへ行けば、お湯をかけたり温めたりするだけですぐ食べられる即席ラーメンなどのインスタント食品や冷凍食品も数多く並んでいいる。その上、フライ、点ブラなどの調理済みの食品の数も増えたし、帰って持ち帰り、そのまますぐに食べられる温かい弁当を売る店も盛んになった。さらにフライドチキンやハンバーグなどを売っているhファースト。フードの店では、待ちされることもなく、スフ暖かいものが食べられる。
このように、社会の変化につれて日本人の食生活も大きく変わってきているである。
六、私はニュースキャスター
キャスター地としての私は、情報の伝え手であるよりも前に、まず情報の受けてであると感じます。つまり、綿は画番組の中で述べる感想や意見は、すべて私自身がそのニュースをどのように受け止めたのか、うれしいのか、悲しいのか、悔しいにかなど、情報の受けてとしての私が考えるところからスタートするわけです。
私の場合、特に専門分野に通しているわけでもありませんから、私自身の目の位置というのは、常に普通の人と同じところにあります。政治家や有名人にインタービューをするときも」普通に人が感じているような疑問、ぜひ聞いてみたいと思っていることを代表して尋ねるわけです。自分や家族の幸せがずっと続いていくように、身の回りの安全や社会の公正さ、そして世界の平和をも願ってつつましく暮らす、普通の女性であるということ、その位置からいかに勇気づけられていくのかが、テレビで発する私のコメントなっていくのです。普通の日とぼよっが意見を世の中に発表したり、それで世の中を変えていく力を発揮したりするには、大変難しいことではないでしょうか。だから、そういった声をできる限り代表して、時には政治家や予期の穂とに質問をぶつけたり、私はこう感じあるのだが、皆さんはどう思いますか。と多くの人に問いかけたりする姿勢を持つことは、とても重要だと思うのです、ニュース番組の存在価値、生命線というのも、その辺にあるのではないでしょうか。
自分はあのキャスターの意見には反対だ、という人も、当然出てくるでしょう。それも大いに結構なことなのです。多くの人の前で渡した違い健太感想を述べるときには、それが起爆剤となって、多彩な意見が視聴者の中に沸き起こり、新たな討論の場ができることを、半ば期待しているからです。もちろん、公的な言論機関ですから、初期もないのに思い込みだけで意見を述べることは、げんにつつしまなければなりません。い件を言う場合、必ず事実に利客していることも確認する必要があります。しかし、伝えられたニュースから何を感じ、新たな疑問として何か浮かび上がってきたのか、また今後は何をしっかりかんししていくべきなのかについては、私はこう感じた。とキャスターが一人称で語ることで、市著y者にも司会の動きがぐっと身近に感じられ、自分も一緒に考えてみようという気持ちを起こさせるのではないかと思います。
七、日本人の笑―-狂言
あーあ疲れた。ソファーに横になってテレビをつける。コメディアンがくだらない話をしている。きくとはなしにきいていると、いつの間にやら笑いに引き込まれていく。そのうちに腹を抱えて笑い出す。笑いが収まると、あら不思議。すっかり疲れが取れていた。こんな経験をした人は多いと思います。
笑いは私たちの心も体も解してくれます。笑いのない人生ほどつまらないものはありません。
よく日本人は無表情だとか、」暗いとか、いろいろ言われていますが、日本人も笑うことが大好きな国民です。長い間に笑いの文化を大事に育ててきました。
今日、漫才や落語が人気がありますが、最も古い喜劇的古典に芸能に狂言があります。狂言はもともとお隣の中国から8世紀にわが刻につたられて長い年月間に磨かれ、14世紀ごろ完成したといわれています。狂言は当時の話し言葉と扮装によるこっけいな劇で、脳とともに演じられます。歌うと舞を主体とした能は、華やかで落ち着いたもので、それだけに真面目でやや堅苦しさは否めません。そこで、能と能の間に息抜きの意味もあって面白おかしい、肩のこらないものをはさんで演じられてきました。それが、狂言です。
狂言は、舞台での芸を見てもらうものというより役者が舞台の上から観客にじかに語りかける芸で、役者の表現力が豊かであらば、言葉わからなくても、十分に観客に通じます。にもかかわらず、狂言はほかの伝統芸能である歌舞伎、文楽、脳より一歩悪阻くれて海外に紹介されました。海外に紹介されたのは、30年ぐらい前です。
しかし最近、この請ってん芸能が日本人の笑いの原点として、アメリカで注文され始めました。先日NHKの国際放送で、コロンピア大学で狂言について博士論文を書いたアメリカの女子学生が興味深いことを言っていました。欧米の演劇だと、善玉、悪玉がどこまでも鋭く対立して演技するのだけれど、狂言はそうじゃない。前任と悪人、主人と家来がどんなにけんかしていても、劇の終わりにはいつもシェイクハンズして仲直りするような気がする。日本人の本日を捉えた面白い見方だと思います。狂言では争いごとを書く場合も、徹底的相手をやっつけることはしません。けんかの後は必ずめでたしめでたしで終わるのです。このような世界を和楽と呼び、えいごでいえば、まさしくシェイクハンズなのです。
狂言の登場人物は、ちょっと抜けている殿様と家来が一人か二人。主役は殿様でなく、家来であ太郎冠者です。太郎冠者は楽天的で、時には、ずるがしこく、機知に富んでいます。身分はあくまで殿様の命令を聞く家来ですが、実は自分の思いように殿様を動かしているのです。太郎冠者の生き様から、封建社会の庶民が、上からの圧力のもめげず、したたかに明るく生きていたことがうかがえます。
日本人お心を理解するには、庶民の笑いのルーツである狂言んをたくさん見るのが早道だと思います。今日人がもっと海外で普及して、理解されるようになれば、経済摩擦、文化摩擦も少なくなることでしょう。
八、住まいの工夫なざい
人間の生活は、自然との闘いから始まったといわれている。戦いといっても、初めは、自然の厳しさからどのように身を守るかということであった。そのために、人間は住まいを作った。気候や風土にたいする工夫は、けんちくのたいせつな要素となったのである。
かつて北極圏の人々は、冬になると、雪の固まりを四角に切りおわんを伏せたような形に積み上げて家をこしらえていた。寒い土地で雪の家とは不思議に思われるかもしれませんが、雪は、木や石よりずっと熱が伝わりにくいものなのである。雪でできているから、火をどんどん燃やすというわけにはいかないが、わずかな火でもまたは体温だけでも、暑い地方ではどうだったのだろうか。南アフリカのある種族は、泥を固め、草で屋根を覆って、家を作っていた。泥に家は、太陽光線を避けるのに都合がよっかたである。
暑い国でも、東南アジアのように雤の多い所では、泥の家だった、たちまち崩れてしまう。それで、竹や木を組み合わせて風通しのいい家を建てた。また、地面に直接建てずに、地上や水上に支柱を立て、その上に家を作ることもあった。
ところで、日本のすまいはどうだったのか。まず気候の面から考えてみよう。日本の冬は、寒いと言っても、東京でせいぜい零下五、六度程度だから。着るものを工夫するとか、火を焚くとかによって寒さをある程度は防ぐことができる。ところが、夏は、気温が高い上に、湿度も高いため、大変蒸し暑く感じられる。そこで、むかしの日本人は、なつを涼しく、清潔に過ごせるように工夫をした、昔ながらの日本の家屋の取り外のできる襖や障子、少なく壁、これらはすべて風を通すため、役に立つのである。
次に、材料の面から考えてみよう。これは、どの地域でも容易に手に入れられるものを利用していた。北極圏の雪、東南アジアのの竹や木などみなそうである。日本も例外ではない。外国の人は、よく、日本の家は木と紙で出来ているというだが、昔なおらの日本家屋は確かに大部分の材料がそうである。殊に柱な骨組みは、ほとん木材である。これは、日本には昔建築した気が豊富だったということが大きな理由であろう。
しかし、木造に家屋は、土台が腐りやすい、火災を起こしやすいなどという欠点もある。じしんや台風で倒される恐れもある。そこで、最近では、金属やセメント等鉱物質の材料を多く用いている。これは、日本工業が発展し、う交通も発達して、さまざまな材料が遠く離れたところからでも楽に入手できる様になったかである。また、外国の影響を受けて、西洋風の生活様式を取り入れた結果でもある。もっとも、鉱物質の材料を用いた家屋には、痛風が悪くなりがちで、湿気が多くなるというようなたんしょもあり、どちらがいいとは単純には決められない。
長い歴史の間に、すまいは、単に自然から身を守るばかりでなく、生活を豊かにするものとなってきた。今後も、いっそう丈夫で、こうりてきな、楽しい住まいを目標に工夫が続けられていくことであろう。